セントラル便り

油彩つれづれ 13
乗り物のスピード


つくばセントラル病院脳神経外科医師 榎本貴夫

 

私は週に一度半日勤務の日を設け、その日は外来診療をとめている。だからこの日ばかりは多少時間的余裕がある。以前はその日に1時間強のジョッキングで汗を流しながら職場に向かうこともあったが、さすがに最近は自転車を利用することが多くなった。片道約1時間(以前のジョッキングとあまり変わらないのが気になるのだが)の行程である。時速約12キロである。往路はなるべく国道に沿い最短距離を狙うが帰りは自由だ。可及的に田舎道を選んでいる。露地植えの農作物は季節を語り、自転車の轍に踏み敷かれる落葉の音に湿度の変化を感じ取ることもできる。しかしながら最近気になることがある。ここ数年蝶、ミツバチなどが減少しているのである。初夏ではカエルが著減している。また晩夏から初秋にかけてどこの垣根の上にも停まっていた“あきあかね”(赤とんぼ)が壊滅状態になっている。拙宅はつくば市ではあるが在であるため赤とんぼは常に季節を引き連れながら訪れてくれた。ところが昨秋はほぼ皆無に等しい状態であった。
21年1月12日は寒い成人の日ではあったが天気もよく自転車で出かけることとした。牛久市内に入ると大通りの交通が遮断されていた。何事かと思いながら更に進み入れると、交差点で市民マラソンの隊列に遭遇し前に進むことができず、暫し自転車を休ませた。すでに列の後半であったのであろうか、皆ジャージなど普段着もどきの服装であった。沿道から「頑張れ」の掛け声の中ランナーの間では話し声も聞かれ概して余裕が見て取れた。私は十字路を斜めに対角線側に移動した。程なくしてランニングウエアーに身を包んだ若い先頭ランナーが、歩道を移動する私の自転車を風のように小走りで追い越していった。そして少しずつランナーの数が増し、皆ことごとく私を追い抜いていった。今の時代寒風に抗うように走りぬいていく若者を見て清々しい感動が胸に満ちた。しかし冷静になればランナーにはゴールがある。だから自転車の倍の速度でも走ることができるのである。一方私は抜かれるばかりではあったが一向に疲れないのであった。もし競輪の選手のように時速60キロで走ったらあっという間に息を切らしてしまうたであろう。すべてのものに物体特有のスピード、即ち一番効率の良いエネルギー消費速度がありそうだ。
  ところで自宅の近所の田んぼからカエルが激減したのはそれほど前のことではない。農薬はずっと以前から使用されていた。時を同じくして行われたことで気がついたことは田んぼへ水を導く小水路をコンクリート性のU字溝にしたことぐらいである。今までは自然に土に浸み込んでいた水分もなく冬の田んぼは固く乾いているのである。田植え時の水の供給は地中への漏水が無い分効率的になったのではあろう。
  話は二転三転するが私は地球を全ての生物が乗り込む乗り物と考えている。だから自ずとこれにも最適な速度がありそうだ。我々の人生のスピードとも云える。化石燃料の乱費に象徴される今、早い者勝ちの市場至上主義の跋扈がある。誰かが走れば負けじと走らねば自らの生存さえも危ぶまれるのである。以前、十二分に発展した大国の指導者が自国の更なる経済的発展のためCo2 削減に反対する、と演説をぶったことがあった。この愚導は早晩破綻することは誰の目にも明らかであろう。地球50憶年の歴史が作り上げた作品、化石燃料を我々の世代だけが50年で使い切って良いのであろうか。西洋人は人には原罪があるという。アダムとイブが知恵という果実を食べてからであると云う。同じ知恵ならこのこざかしい知恵ではなく賢者の知恵が出現し今一度この人類のスピードを再調整されんことをこの丑年の年頭にあたり考えるのである。その気持ちを油の一筆に託してみた。

 


作 脳神経外科 榎本 貴夫

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