油彩つれづれ 14
真名井の滝―高千穂を訪ねて―
つくばセントラル病院脳神経外科医師 榎本貴夫
我が在に、歩いて四〜五分、町方と畑地の端境にいつも二〜三度低く涼しく感じられる処がある。高さ二十メートル程もあろうか、杉が群生し桜、楢、銀杏、椿などの古木が混じる小杜が形成されている。その空間に間口六メートル奥行き四メートル程の小屋がある。正月には正面にあるトタン張りの引き戸が開けられる。鴨居に細い荒縄程のしめ縄が引かれ、交互に切り込まれだ白い半紙が下がる。そう、これでもれっきとした神社なのである。地元部落の信頼は篤い。
私は信心深いとは云えない。それでも正月には所謂初詣には行く。去年も犬を連れ参拝した。すると社の中から顔見知りの隣人が出てきた。何をしてたんですかと訊くと、毎年歳の初めに部落の長老を集め神主がお払いをしてくれるのだ、と云う。そして此処は鹿島神宮の流を汲み、この時だけ神主が派遣されて来るのだということも知った。
小冊子を開き調べてみると鹿島神宮の主神は健御雷之男神タケミカズチノオノカミである。イザナキノミコトが十拳剣で愛妻イザナミを殺した火の神カグツチ(実はイザナミの実子)を切ったとき、その血液が岩々にほとばしった処から次々に生じた神々の中の一柱とされる。剣の威力をたたえた神名で、近畿ヤマト王権の宿敵北部蝦夷に対し睨みを効かせる勇猛な武神であると同時に地元民に対しては恵みの雨をもたらす雷神すなわち農耕神でもあった。従って鹿島のタケミカズチは同じくイザナミから生まれた天照大神の甥っ子にあたるのである。このアマテラスの孫ニニギノミコトが地上に降りたつ(天孫降臨)ことになる。ニニギは木花咲姫コノハナサクヤヒメを娶り、その子孫が後の天皇家を形成したとされる。このニニギが降りたったのが他でもない日向の高千穂の嶺であった。従ってつくば市大角豆(ささぎ)の小社のルーツは鹿島にあり、そのまたルーツは高千穂にあったと云える。高千穂に行ってみたくなった。
初夏の高千穂町は宮崎県の南西にあり五ヶ瀬川が流れる。川の上流は、25キロ離れた阿蘇山の噴火により流れ出た溶岩台地を削るように流れ、7キロに及ぶ深く垂直に屹立する柱状石壁に挟まれた渓谷を形成する。高千穂狭である。水は岩裂に浸透した大量の伏流水であり、化学物質を含むためか異様に青く少し薄めのコバルトブルーを呈する。私は更に峡谷沿いの隘路を上流に歩みを進めた。うっすらと汗をかいた顔に初夏の谷風が心地よい。程なく人々のさんざめきが一際高まり、川幅が少し広くなり淵を形成しながら右へ旋回し、た。私も歩みを右に向けた。とっ、いきなり岩壁の間から白く輝く微光が降り注ぎコバルト色の水面にキラキラと反射しながら白銀からコバルトブルーそして淵に沈む藍に至るグラディエイションが形成された。両岸の頂には深緑の杉が天高く突き上げアンティックブラウンの石壁に浅黄色の紅葉の若葉が垂れ下がる。湾曲のためやや薄暗がりになった左岸の壁から一筋の水色の滝が落ちていた。衝撃を受けた刹那私は神は確かに居る、何処かに居る、と確信した。
2010 2 21
作 脳神経外科 榎本 貴夫
| 医療法人つくばセントラル病院 〒300-1211 茨城県牛久市柏田町1589-3 電話 : 029-872-1771 FAX : 029-874-4763 E-Mail:info@central.or.jp |