セントラル総合クリニック 乳腺外来について掲載しております。

診療科案内

乳腺外来について

乳腺外来のご紹介

はじめまして!乳腺外来部長の文 由美と申します。

女性であれば誰しも一度は乳房が気になったことがあると思います。乳房の大きさやかたち、乳首の色やかたち、そしてなんといっても「乳がん」のこと・・・「最近胸が痛いんだけど、これって・・・がん?!」「胸にコリコリしたものが・・・これってがんのしこり?」と心配になる方、お母さまやお友達が「乳がん」と診断されて手術を受けた、と聞いて、急に不安になってきた方もいらっしゃると思います。

ひとりで心配していないで、乳腺外来に来て下さい!「がんと言われるのがこわい・・・」とためらっているあなた、こわいのはがんを放っておくことです。それに、しこりがあったら「がん」というわけではないんですよ。しこりには良性のものと、悪性のものがあります。そして、良性のしこりが圧倒的に多いんです。自分で触るようなしこりでも、良性のものであることがほとんどです。悪性のものは治療しなければなりませんが、小さいうちに見つければ、乳房を全部取らなくてすみます。また、「抗がん剤治療がこわい」と考えているあなた、乳がんは早期に発見すればほとんど抗がん剤治療は不要です!診断機器の進歩によって、小さなしこりの鑑別診断の精度も高くなりました。また、「忙しくて病院にいく暇がない」という方、「場所が場所だけに、男性の先生にはちょっと・・・」「検査も男性にやってもらうのはいい感じがしない・・・」とためらわれている方、当院の乳腺外来は週2回、木曜日・土曜日の午前・午後で診察は私たち女性医師が担当させていただいています。超音波検査やマンモグラフィー検査もすべて女性技師と医師で行っています。平日はお忙しくても、土曜日はいかがですか?悩んでいても始まらない!あなたの大切な時間、有効に使わなくては!

診察だけでなく、治療法について知りたい方、乳がんを疑われたり、乳がんと診断されてもう一度別なところで診断を確かめたい方、できるだけ乳房を損なわない治療を受けたい方もお気軽にご相談ください。女性にとっては乳房の喪失は大変つらいことです。また、手術に伴う合併症、後遺症で何年も苦しまれる方もいらっしゃいます。当院乳腺外来では、精神的、肉体的負担の少ない治療法を心がけております。手術に伴う入院期間もできるだけ短くするようにしており、術式によっては日帰り手術も行なっております。治療法の決定に際しては患者様の意志を尊重し、納得のいくまで説明させていただくように勤めています。また、手術の後につらいこと、困っていることのある方もぜひ悩みをお話ししてください。つらいこと、悩んでいることが軽くなるお手伝いをしたいと思っております。女性は女性同士、どんなことでも気がねなくご相談ください。

乳腺外来とは?

乳腺外来」ってなんだろう?聞きなれない名前かと思いますが、ひとことでいえば、「乳がんを含む乳腺疾患の診断・治療を行う外来」です。次のような方々を診察します。

  • 乳房に症状がある方(女性、男性、小児、どなたでも)
  • 精密検査を勧められた方
  • 乳がんに関して治療法を相談したい方(セカンド・オピニオンを聞きたい方)
  • 乳がんの手術を終え、定期検診および投薬を希望する方、乳がんの手術後に悩みのある方(他の病院で手術された方も大丈夫です!遠慮なく来院してください。紹介状がなくても大丈夫ですよ。)

簡単にいえば「乳房の気になるひとはどんなことでもぜひいらっしゃってください」ということですね。

乳がん検診を受けましょう!

乳がん先進国のアメリカでは、乳がん検診の受診率は80%を越えており、乳がんにかかる人の割合(罹患率といいます)は依然として高いものの、乳がんによる死亡は1990年代から減少してきています。乳がんは早期に発見し、早期に治療すれば、「治る」がんなのです。
乳がん検診を受ける人が増えた→早期発見され、早期治療を受ける人が増えた→治る人が増えてきた!と考えられています。

さて、日本ではどうでしょうか?まず、乳がんの罹患率は1990年代から急速に高くなってきています。生涯罹患率は10%で、女性の10人に1人が乳がんにかかることになります。これとともに乳がんによる死亡も増加しており、2018年度に乳がんで亡くなられた方は約1万5000人です。この数は交通事故の死者数よりも多いのです。

一方、乳がん検診の受診率は30%以下です。そして、コロナ禍で検診受診率はさらに下がってしまいました。(令和3年度の茨城県の乳がん検診受診率は13.9%!!)アメリカでは、8割の人が検診を受けているのに、日本では2割程度しか検診を受けていないのです。これでは早期発見、早期治療はできません。どんながんもそうですが、がんの恐ろしさのひとつは、症状がないこと。だからこそ検診があるのです。「わたしは、大丈夫。」と思う方ほど、本当に大丈夫なことを確認するために検診を受けていただきたいのです。乳がんのしこりは痛くないのがふつうです。「痛くないから大丈夫」という考え方は今すぐ捨てましょう。もちろん「しこり=乳がん」ではないのは最初にご説明したとおりですが、良性か悪性かを見極めなければいけませんから、しこりのある方は直ちに乳腺外科を受診してください。健康保険で受診ができます。

当院での自費検診は、年齢により女性の乳房の状態が異なることを考慮に入れて、その年齢で最も効果があると考えられる方法で行ないます。

55歳以上の方:視触診およびマンモグラフィー
40歳以上55歳未満の方:視触診およびマンモグラフィー、あるいは超音波
40歳未満の方:視触診および超音波検査

当院はマンモグラフィー検診施設 画像認定A評価を受けており、検診マンモグラフィー撮影認定診療放射線技師が撮影を行い、検診マンモグラフィー読影認定医師による読影を行っています。超音波検査に関しても乳腺超音波の超音波医学会認定検査技師と超音波専門医が行っており、精度の高い検査を行っています。さらにこれらの検査技師・医師はすべて女性なので、安心して検査を受けていただくことができます。

よく皆さんに「マンモグラフィー検査と超音波検査はどちらがいい検査ですか?」と聞かれます。マンモグラフィーは大変良い検査で、乳房全体を一度に見ることができ、石灰化の描出にも優れていますが、マンモグラフィーでは乳腺は白く、しこりも白く写るので、乳腺の量が多いとしこりの有無の判別が困難です。閉経前の女性の乳腺は厚いため(高濃度乳房;dense breastといいます)、しこりが見落とされてしまうことも多いのです。一方、超音波検査では乳腺は白く見え、しこりは黒く見えることがほとんどなので、小さなしこりでもよくわかります。また、ある程度までしこりの性状を知ることもできます。しかし小さな石灰化についてはわかりにくいことがあり、特に検診では石灰化が見落とされてしまうことも多いのです。それぞれ一長一短があるわけですね。
こうしたことから、基本的には40歳未満の若い女性には超音波検査が、60代以降からはマンモグラフィー検査が、乳がんの多い年齢層である40〜50代では超音波検査とマンモグラフィー検査の両方を行うのがもっとも有効であると考えられます。

乳がんの早期発見

日本人の女性がかかる率(罹患率といいます)が最も多いがんが、乳がんであることをご存じでしょうか?前に述べたように、最新のデータでは女性の10人に1人が乳癌に罹患するようになっており、生涯罹患率10%となっています。「わたしは乳がんにはかからない」なんて思ったら大間違いです。「たぶんわたしも乳がんにかかるんじゃないかな?」くらいに考えていただきたいのです。

毎年約80、000人の女性が乳がんにかかり、約14、000人の方が乳がんで亡くなられています。そして、ライフスタイルの欧米化に伴い、今後も増加が予想されています。50歳以上から多くなり、年齢が上がるほど増えていく他のがんと違って、乳がんの患者さんは30歳台後半から多くなり、40〜50歳台の働き盛りの女性に多く、家族や子供たち、そして社会に与えるダメージは大変大きいのです。しかし、乳がんは自分で触って見つけることができる唯一のがんです。また大部分は早期に見つかれば乳房を全部とる必要もなく、完治の可能性が見込めます。再発の可能性も少ないのです。勝利への鍵はできるだけ早く見つけて治すこと!

乳房にしこりを触れる」「乳房に痛みがある」「乳房がはれた感じ」
「乳首が陥没した」「乳首がただれている」「乳首からの分泌液が出る」

などの乳房の症状があるとき、また「市の検診」や「人間ドック」などで精密検査を勧められた方、特に症状はないががんが心配、というかたもぜひ気兼ねなく受診してください。(症状はないが乳がん検診を受けたいという方は自費診療となります。)
市の指定する乳がん検診を受診したい方は受付におっしゃってください。この場合は乳腺外来を受診される必要はありません。

ブレスト・アウェアネス(Breast Awareness)

ブレスト・アウェアネス(Breast Awareness)について

今、乳がんの対策のために世界的に提唱されているキーワードがブレスト・アウェアネスです。女性自身がご自分の乳房の状態に日ごろから関心をもち、乳房を意識して生活することをブレスト・アウェアネスといいます。ブレスト・アウェアネスは乳がんの早期発見・早期診断・早期治療につながる、女性にとってとても重要な生活習慣です。「ブレスト・アウェアネス」を身に着けるためには以下の4つの項目を実行することが大切です。乳がん検診はその大切な1項目です。

ブレスト・アウェアネスとしては 次の4つの基本行動が提唱されています

  1. ご自分の乳房の状態を知るために、日ごろからご自分の乳房を、見て、触って、 感じる習慣をつけましょう。(乳房の健康チェック)
  2. 注意すべき乳房の変化を知りましょう。(しこりや血性の乳頭分泌など)
  3. 乳房に変化がないかを意識し、変化を感じたら、すぐに専門医を受診しましょう。
  4. 40歳になったら、必ず乳がん検診を受診しましょう。

今日からさっそくはじめましょう!

  1. 自分の乳房を見て、触って、感じる・・・月に1回でいいので、入浴時やシャワーで身体を洗うときに乳房を撫ぜ洗いするようにしてチェックしましょう。
  2. 小さなしこりがないか、探す必要はありません。「いつもと変わりはないかな」「右と左で大きな差はないかな」という気持ちで自分の乳房を意識する時間を持ちましょう。手で乳房をつかむのではなく、指のひらを滑らせるようにして触りましょう。小さな円を描くような感じです。異常を感じたら、次の検診を待つことなくすぐに病院を受診しましょう。
  3. 気をつけないといけないのは、以前との変化です。しこりの有無だけでなく、硬い感じ、張った感じなどに注意しましょう。さらに乳頭の分泌物や、乳房の変形、えくぼなどにも注意しましょう。乳頭の分泌物はブラジャーなどの乳首の当たるところにシミがないかをチェックするのが良いです。乳首をつままないようにしましょう。
  4. 乳がん検診を受けましょう。定期的に同じ施設で受けるのがお勧めです。乳がんは女性で一番多いがんです。乳がんから身を守るため、自分の乳房は自分で大切に慈しみましょう!

乳がんとは?

乳房には乳腺と呼ばれる腺組織と、脂肪組織が存在しています。大人の女性の乳房は、乳頭を中心に乳腺が放射状に15~20個並んでいます。それぞれの乳腺は小葉に分かれ、小葉は乳管という管(くだ)でつながっています。

浸潤がんと非浸潤がん

乳がんはこの乳腺を構成している乳管や小葉の内腔(内側)の上皮細胞から発生します。乳がんの種類は非浸潤がんと浸潤がんの二つに大きく分けられ、がん細胞が乳管や小葉の中にとどまっているものを非浸潤がん、非浸潤がんが進行して、乳管や小葉を包む基底膜を破ってまわりに広がり、しこりをつくったがんを浸潤がんといいます。しこりで見つかるがんは通常浸潤がんなのです。浸潤がんはまわりの血管やリンパ管の壁を破る力があるので、がん細胞が全身に流れて転移・再発を起こす可能性があります。非浸潤がんは、転移は起こしません。この段階で発見されれば、ほぼ100%治ります。しかし乳管の中をどんどん這っていくので、これを取り残さないようにしっかり切除することが大切です。

この他、がんが乳管の開口している乳頭に達して湿疹様病変が発生するパジェット病や、乳房全体が赤くはれ上がる炎症性乳がんがあります。これらのがんでは、がんをしこりとして触れることはありません。また、潜在性乳がんといって、腋窩リンパ節が腫れて、病理組織検査で乳がんの転移と判明したが、乳房にはあらゆる検査でしこりは認められないという場合もあります。

同じ乳がんであっても細胞の性格はおとなしいものから活発なものまで、患者さんによって違います。幸いなことに乳がんは他のがんに比べてゆっくり増殖するものが多いのですが、治療をせずに放っておけば、乳房から周囲の組織に広がり、リンパ管を通って腋窩(わきの下)のリンパ節や周囲のリンパ節、さらには血液を通って骨、肺、肝臓などの臓器へ転移して増殖し、命を脅かすことになります。また、乳がんは基本的に穏やかな性質で増殖もゆっくりですが、サブタイプ※によっては悪性度が高いものや、増殖スピードの速いものもあります。こうした乳がんはちょっと放っておく間にどんどん進行してしまいます。このような事態を未然に、あるいは可能な限り防ぐために、早期の発見、治療が重要なのです。

※サブタイプ(Intrinsic Subtype;がんの生物学的特性)については検査の方でくわしく説明しますが、乳癌の性格とでもいえばいいでしょうか。日本人と一口にいっても、関西の人と関東の人、東北の人と九州の人では文化も嗜好も違うように、乳癌もサブタイプが違えば、全く別の性格を持っています。このため同じくらいの進行度のがんでも、サブタイプによって治療方針が全く異なってきたりします。10年前くらい前までは乳がんのしこりの大きさとリンパ節転移があるかないか、あれば何個か、が重要でしたが、現在はしこりの大きさも大事ですが、治療後の予後に最も関係するのはサブタイプとリンパ節転移の有無・個数になっています。

代表的な乳腺の良性疾患

乳腺症

乳腺症とは乳腺の病気の中でもっとも多い良性の病気です。30〜40代の方に好発します。ホルモンの不均衡によっておこり、乳腺上皮の増殖や萎縮、化生、嚢胞形成、間質の線維化などの形態を示します。凸凹のある境界のはっきりしないしこりをつくり、乳がんと区別しにくいものもありますが、痛みを伴うことが多く、生理の前にしこりが張ったり、痛みが強くなるのが特徴です。片側だけに症状がでることも多く、乳がんを心配される方も多いようです。こうした症状は実は女性であれば誰でも経験することなのですが、乳腺症の方では症状が強めのことが多いようです。治療の必要はありませんが、痛みのひどい場合には薬物治療を行います。近年、欧米では乳腺症を病気ではなく、エストロゲンというホルモンによって生理的にも反応する乳腺組織が、生理的な範囲を超えて過剰反応する状態、としてとらえることが提唱されています。このため、乳腺の発達と退行の正常からの逸脱(Aberration of Normal Development and Involution ;:ANDI、アンディ)と呼ぶこともあります。

線維腺腫

10代後半~30代の女性に多い乳房の良性腫瘍です。通常痛みを伴わない、硬くて丸いビー玉のようなしこりで、まわりの境界がはっきりしていて、くるくるよく動くのが特徴です。特に治療の必要はありませんが、後で述べる葉状腫瘍と区別がつきにくいことがあり、ごくまれ(大変まれです)にがんが共存する場合があるので、急激に大きくなるような場合は切除する必要があります。 10代で出現するときには2cm以上の大きな線維腺腫(巨大線維腺腫)のことも多いです。

乳腺嚢胞

乳腺のなかに水のたまった袋ができるものです。硬いしこりとして触れることがありますが、超音波検査で診断できます。これも特に治療の必要はありませんが、どうしてもしこりが気になる場合や、しこりが大きく、痛みを感じるときは、しこりの中の水を吸い出します。たくさんできているときは後で述べる乳腺症のタイプのことがあります。

乳管内乳頭腫

乳管内乳頭腫は、40代~50代に多い良性の腫瘍です。主に乳頭の近くにある乳管内にできます。乳頭から血の混じった分泌物が出てきて気づくことが多いです。乳頭からの分泌物の原因の約3割がこの乳管内乳頭腫だといわれています。しこりとして触れることもあります。乳管内乳頭腫も特に治療の必要はありませんが、非浸潤癌(がん細胞が乳管や小葉の中にとどまっているもの)と区別がつきにくい場合や、乳頭から離れたところにたくさんできる場合(乳管内乳頭腫症といいます)はそのしこりががん化することもあるので、診断・治療のために腫瘍を切除する場合があります。

葉状腫瘍

線維腺腫とよく似ており、小さいときは細胞診や針生検による組織診でも鑑別が困難な場合があります。しこりが急速に大きくなることがあるのが特徴です。大きくなるスピードががんより速いことが多いです。放っておくとグレープフルーツ大、メロン大に大きくなり乳房の形が損なわれます。基本的には良性ですが、悪性のものがあり、悪性葉状腫瘍は肺に転移することがあるのと、良性でも手術のときに取り残しがあると再発し、再発を繰り返すうちに悪性化することがあるので、手術により正常乳腺を含めてしっかり切除する必要があります。

乳汁うっ帯

授乳中に起こります。一部の乳腺からの乳汁の流れが悪くなり、濃縮した乳汁の塊が乳管を閉塞し、その乳腺が腫れて痛い状態。少し熱っぽく感じます。授乳を続け、食事内容と十分な休養に注意をして生活すれば、たいていは自然に回復していきます。

うっ帯性乳腺炎

乳汁うっ滞から乳腺に炎症を起こしたものです。乳房の一部が腫れて痛い、皮膚の一部が赤い、発熱する(体温が38.5度前後になることもあります)状態。授乳もちょっとつらいです。乳汁うっ滞と同様に、授乳を続け、休養や食事内容に注意するだけで自然に改善することも多いですが、医師・助産師の診察を受けるのも良いと思います。また、適切なマッサージを行えば改善することもあります。

細菌性乳腺炎

乳房全体が腫れて、一部あるいは全体の皮膚が赤くなり、とても痛い状態です。39度以上の発熱、悪寒(寒け)、身体の震えを感じたら、細菌感染が乳腺周囲に及んで、乳房膿瘍(乳腺の周囲組織に膿が溜まる)になっている可能性があります。この場合は小さく切開して膿を出す必要があります。この状態になると、通常の対処やマッサージでは解決できないので、病院での治療が必要です。

肉芽腫性乳腺炎

肉芽腫性乳腺炎は比較的稀な腫瘤形成性の慢性炎症性疾患で、進行とともに多発膿瘍を形成して広範に波及します。授乳中ではなく、授乳後1年以上経過してから起こることが多く、発生機序は十分に解明されていませんが、近年、コリネバクテリウム感染との関連が注目されています。臨床所見や画像所見が乳癌と類似しているため鑑別が非常に重要です。 自然治癒することもありますが、膿瘍形成があれば細菌性乳腺炎と同様に切開して膿を出します。症状が軽快しない時はステロイド治療を行います。コリネバクテリウム感染があることがわかれば抗生剤を使用します。

妊娠と乳がん

妊娠中に乳がんが発見されたら、乳がん治療は妊娠の週数によって違います。以前は妊娠中に乳がんがみつかったら、その妊娠はあきらめなくてはならなかったのですが、妊娠で乳がんが急に進行したりすることはないと言う事が分かってきたので、出産もできるようになりました。

妊娠中の乳がんの治療は、胎児の発達に影響がないもので治療しながら、手術をするのであれば、胎児に影響のない16週~32週の間に行います。ホルモン療法や抗がん剤などは、出産後に行い、その間は赤ちゃんは母乳を飲む事はできません。

また、乳がんの治療後妊娠を希望している場合は、抗がん剤治療後、抗がん剤の影響がなくなる6ヶ月をたてば、新たな妊娠をしても、胎児に影響はないとされています。抗がん剤を投与している間は、月経が止まってしまう人も多く、投与終了後月経が再び始まるまでに平均で6ヶ月かかると言われています。つまり、抗がん剤の影響がなくなると月経が始まると言う事なので、月経が再開したということは体が妊娠してもよい状況になった、ということになると思います。

男性の乳腺の異常

女性化乳房

成人男性の乳房が硬くなったり、ふくらみを帯びたりして女性の乳房のようになるものです。男性にも乳首の下を中心に乳腺組織がごくわずかながら存在しており、高齢の方ではホルモンの相対的なバランスが乱れて乳腺組織が肥大することがあります。原因のはっきりしない特発性女性化乳房が最も多く、このような場合は治療は不要で経過観察を行いますが、薬物の副作用や肝・腎機能障害が原因のことがあり、また男性乳がんの10~20%に女性化乳房が合併しているため、検査が必要です。

思春期乳房肥大症

思春期に一時的なホルモン分泌の乱れにより乳房が肥大するもので、片側にできることが多く、通常は約6ヶ月~2年以内に自然に消失することが多いため、治療の必要はありません。両側の乳房腫大のこともあります。なお肥満男性の胸のふくらみは脂肪の増加するもので乳腺組織の肥大は見られないため、偽性女性化乳房とも呼ばれ、女性化乳房や思春期乳房肥大症とは区別します。

男性乳がん

男性の乳腺組織に発生する癌が男性乳がんです。乳癌の患者さん100人のうち1人は男性です。治療は女性の乳がんと同様です。次に述べる遺伝性乳がん卵巣がん症候群の家族の方など、遺伝子に乳がんに関係する突然変異がある男性では、乳がんのリスクが高くなります。

遺伝性乳がん・卵巣がん症候群

乳がん、卵巣がんの中には、遺伝するものがあります。遺伝性のがんは乳がん全体のうち約7~10%を占めると言われています。なかでもよく知られているのが、遺伝性乳癌・卵巣がん症候群:HBOC※です。(※HBOC:Hereditary Breast and/or Ovarian cancer Syndrome)

乳がんや卵巣がんの発症と関連している2種類の遺伝子が同定され、BRCA1遺伝子、BRCA2遺伝子と名づけられました。実はこの遺伝子は、男女に関係なく誰でも持っている遺伝子です。その役目は、傷ついたDNAの修復です。この遺伝子に突然変異があると、DNAの修復ができず、この蓄積によってがんが発生しやすくなります。

ほとんどの遺伝子は二つ一組が基本で、父親から一つ、母親からもう一つを受け継ぎます。そのため両親のどちらかが変異した遺伝子を持っている場合、子どもに遺伝する確率は性別を問わず50%となります。女性だけの問題ではなく、父から息子や娘に遺伝する場合もあります。男性に受け継がれた場合は男性乳がんや前立腺がんになりやすくなります。膵臓がんや悪性黒色腫との関連も指摘されています。

BRCA遺伝子の検査では採血を行い、血液中の細胞のBRCA遺伝子に病的な変異があるかどうかを調べます。
BRCA1遺伝子、BRCA2遺伝子の異常があるとわかれば、ご家族にも同様の変異を持つ方がいる可能性があります。
BRCA1、2遺伝学的検査は乳がんあるいは卵巣がんと診断された、HBOCの可能性が考慮される場合は保険適応となりました。
以下のいずれかの項目にあてはまる場合、遺伝子の検査は保険診療となります。

  • 45歳以下で乳がんと診断された方
  • 60歳以下で、トリプルネガティブサブタイプの乳がんと診断された
  • 両側の乳がん (同時性あるいは異時性)と診断された
  • 片方の乳房に複数回乳がん(原発性)を診断された
  • 男性で乳がんと診断された
  • 卵巣がん・卵管がん・腹膜がんと診断された
  • 腫瘍組織によるがん遺伝子パネル検査の結果、BRCA1、2遺伝子の病的バリアントを生まれつき持っている可能性がある場合
  • ご自身が乳がんと診断され、血縁者※に乳がんまたは卵巣がん発症者がいる
  • ご自身が乳がんと診断されたことがあり、かつ血縁者がすでにBRCA1、2遺伝子に病的バリアントを持っていることがわかっている場合

※血縁者の範囲:父母、兄弟姉妹、異母・異父の兄弟姉妹、子ども、おい・めい、父方あるいは母方のおじ・おば・祖父・祖母、大おじ・大おば、いとこ、孫など

遺伝子検査を受けてBRCA1、BRCA2遺伝子に病的変異がわかった場合、温存手術後の乳房の再発、将来反対側の乳房にも乳がんが発生する可能性が高いので、温存手術が可能な場合でも乳房全切除術が勧められます。また、現在病変のない反対側の乳房に対して予防的に全切除術を行うという選択肢もあり、この手術もすでに保険適応となっています。これを対側リスク低減乳房切除術(contralateral risk reducing mastectomy:CRRM)と呼びます。

さらに卵巣がんになる確率も高く(欧米の報告ではBRCA1に病的変異があると40%、BRCA2では20%になると報告されています)、予防的に病変のない卵巣・卵管を摘出する手術もすでに保険適応になっています。リスク低減卵巣卵管切除術(risk reducing salpingo‒oophorectomy:RRSO)と呼びます。

これらの健常な乳房や卵巣に対する手術については十分に考慮して選択する必要があり、担当医や遺伝のカウンセラーと相談しながら決めていくことになります。

卵巣癌・卵管癌・原発性腹膜癌の患者さんでは、病変のない両側の乳房を予防的に切除する手術も保険適応になっています。両側リスク低減乳房切除術(bilateral risk reducing mastectomy:RRM)もちろんこれについても担当医や遺伝のカウンセラーと相談しながら決めていくことになります。

進行再発乳がんでは一般に抗がん剤やホルモン剤、分子標的治療薬による治療が行われますが、BRCA遺伝子の検査結果で病的変異がある(陽性)となった方には、PARP阻害薬のオラパリブ(リムパーザ)を治療の選択肢に加えることが可能になります。PARP阻害薬については治療のところでまた述べます。

がん化学療法歴のあるBRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性の手術不能又は再発乳癌に対して、オラパリブ投与が可能かどうかを判断するために用いられるコンパニオン診断プログラムも保険診療の対象となっています。この場合は上記の項目に当てはまらなくとも遺伝子検査は保険診療で行うことができます。

さらに再発治療のみならず、BRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性の再発高リスク乳がんに対しては周術期化学療法後にオラパリブを使えるようになりました。オラパリブは術後の薬物療法として1年間投与を行います。

診察について

問診や乳房の視・触診の他に、マンモグラフィー検査、超音波検査、CT検査、MRI検査等を行なっておりますが、高性能の超音波機器の導入により、5 mm以下の小さな腫瘤の質的診断も可能となっており、これとマンモグラフィーを組み合わせて、しこりを触れない早期の非浸潤がんの診断も可能となっています。当院はマンモグラフィー検診施設 画像認定A評価を受けた撮影機械で、検診マンモグラフィー撮影認定診療放射線技師が撮影を行い、検診マンモグラフィー読影認定医師による読影を行っています。超音波検査に関しても乳腺超音波の超音波医学会認定検査技師と超音波専門医が行っており、精度の高い検査を行っています。さらにこれらの検査技師はすべて女性なので、安心して検査を受けていただくことができます。

マンモグラフィー検査

乳房のレントゲン撮影による検査です。専用のX線撮影装置を用いて乳房を圧迫して、上下や左右方向から撮影します。乳房を圧迫すると多かれ少なかれ痛みを感じますが、撮影時間は短時間です。良いマンモグラフィーを撮影するためには乳房を圧迫することがとても重要です。閉経前の方では月経後の乳腺の柔らかい時期に検査を受けると苦痛が少なくてすみます。この検査では乳房全体を一度に見ることができ、また病気のサインである微小石灰化の描出能が高く、乳がんの早期発見に大変役立ちます。

超音波検査

超音波を体内に発信して行う検査法です。乳房のほかにもいろいろな臓器で行われています。マンモグラフィーでは見つけにくい若年者の乳腺内のしこりの描出に優れています。5mm以下の小さなしこりも見つけることができます。痛みや放射線の被爆がなく、しこりの鑑別診断に大変優れた検査です。超音波検査下にしこりを見ながらその一部を採取して、確定診断のための病理検査を行うこともできます。

病理検査

しこりの一部を採取して顕微鏡で観察するのが病理検査で、その結果として得られるのが病理診断です。がんか否かを決めるのにもっとも重要な検査です。心配のない良性のしこりだとしっかり確認するために行うことも多いです。病理診断は「細胞診」と「組織診」に大別されます。細胞診は細い針(採血の時に使われる針よりも細い針です)を刺したり、乳汁などの分泌物を採取するだけで簡単に行えますが、細胞だけを見るので判定が難しいために組織診と比べて精度が劣ります。一方、組織診とは少し太めの針を刺したり、外科手術によってしこりを摘出して、細胞の集まりである組織を採取して診断を行うものです。針生検では、病変がしっかり採取されていれば、ほぼ100%診断が確定できます。また、さらにたくさんの組織を採取するための吸引式組織生検も行っており、できるだけ身体にキズが残らないような検査を心がけています。これでもしこりの性質の判断がむずかしい時だけ、しこりを摘出する方法(切開生検)を行なうようにしています。まずは身体に優しい検査から。(お財布にも優しい!!)組織診は、がんか否かの診断だけでなく、サブタイプ(乳癌の生物学的特性)を推測でき、広がりの状況も予測できるため、治療方針を決めるための重要な判断材料になります。実際のサブタイプはそれぞれの乳がんがどんな遺伝子発現をしているかの解析で分類するのですが、これはちょっと大変で時間もお金もかかる(約50万円)ので、癌の組織を採って調べたホルモン受容体の有無、HER2タンパクの発現、増殖マーカーのKi-67の数値を調べることで代用としています。

一般に病理診断が必要になるのは、視・触診や画像診断で異常があり、これらだけでは確定診断が得られない場合で、特にがんが疑われるときですが、はじめに述べたように良性の病変で様子をみても大丈夫という確認のために行うこともよくあります。

以上の検査の他に、乳がんの広がりや転移について調べる検査があります。がんの広がりが超音波検査やマンモグラフィーだけではわかりにくいときにはMRI検査を行なうことがあります。たいていのがんがそうであるように、乳がんもリンパ管を介してリンパ節に転移する「リンパ行性転移」と血管を介して全身のいろいろな臓器に転移する「血行性転移」の両方を起こします。がんによってどの臓器に転移しやすいかは異なるのですが、乳がんは肺・肝臓・骨・脳などに転移することの多いがんです。肺や肝臓への転移は胸部のレントゲン検査や腹部の超音波検査で調べることができますが、造影CT検査で肺と肝臓から骨盤までの内蔵を一度に調べることもあります。また骨の転移の検査にはMRI検査や骨シンチグラフィーがあります。脳への転移は造影CT検査、MRI検査で調べることができます。転移がどこにあるのかわかりにくい場合や、転移や再発に対する治療の効果を調べる場合にはPET-CT検査を行うこともあります。がん細胞は、正常な細胞に比べて活動が活発なため、3~8倍のブドウ糖を取り込むという特徴があります。この特徴を利用して、ブドウ糖に近い成分のFDGという検査薬(ブドウ糖の一部をポジトロン核種という放射線を放出する物質で置き換えたもの)を注射し、がん細胞にFDGが取り込まれたところでPETカメラで全身のFDGの分布を撮影します。FDGがたくさん取り込まれているところ(FDGの集積が多い、といいます)はがん細胞が多いところと考えられるため、この結果と通常のCT 検査を組み合わせることで転移が見つけやすくなります。

治療について ~サブタイプが重要です~

がんで怖いものは前に述べたように再発、転移です。再発の可能性の高い人、少ない人は手術の前の段階である程度予想することができます。これによってがんに対する戦略も変わってきます。現在では前に述べた「組織診」で診断を確実にし、さらに「サブタイプ」の推定を行って個別化治療に役立てます。サブタイプは治療の適否や薬剤選択に大きく影響するようになってきており、これを知らずして乳癌治療は始められないくらいです。また、全身的な検索を行って、がんがどのくらい進んでいるのか臨床病期(ステージ)を決定します。臨床病期(ステージ)の決定にはしこりのサイズ、腋窩リンパ節への転移の有無や個数、遠隔転移の有無を知る必要があります。サブタイプと臨床病期から、治療方法を検討し、さらに治療目標をどこに置くのか、ゴールの設定をします。全身状態や既往歴を踏まえて、予定する治療が可能か、忍容性の検討も行わなければなりません。また、患者さんの精神的な状態はどうか、家族はどう考えているか、高額な治療がどこまで可能か、こういった社会的状況も考慮して総合的に治療方針を決定していきます。

サブタイプの他に重要なのがリンパ節への転移です。もとの乳房を離れて、リンパ節へ転移したということは、他の臓器への転移の可能性も示唆するのです。そこで必要なのが全身療法です。全身療法はからだの中に広がっているがん細胞、あるいは広がっている可能性のある微細な(検査をしても見つけられない)がん細胞を血液中の薬によって根絶させる目的で行うもので、化学(抗がん剤)療法、分子標的治療、内分泌(ホルモン)療法、免疫療法があります。

手術方法にはどんなものがあるでしょうか。

乳房温存療法:乳房温存術+放射線療法

乳房温存術とは、乳房の形状を温存することを念頭にして、がんのしこりとそのまわりの正常な乳腺を円形に切除します(円状部分切除術といいます)。乳管の中を広くがんが這っている場合は扇状に広く乳腺と脂肪を切除する場合もあります(扇状部分切除術といいます)。どちらの場合も乳頭・乳輪は切除せずに残してきます。これらの手術に放射線照射を加えることで、目に見えないけれど残っているかもしれないがんを治療し、再発を予防します。しこりの大きさが小さいほど、乳房の形が損なわれずにすみますが、大きな乳房の方ではしこりが大きくても残る乳房も多いので、しこりのまわりをぐるりと2cmあけて(つまりしこりの大きさに上下左右2cmを足して)できる円あるいは楕円のサイズが乳房の1/4以下になるときは乳房温存術が可能です。最近では病期がⅠ・ⅠⅠ期の乳がんの標準術式として確立されていますが、しこりが乳首や乳輪のすぐそばにあるときはこの方法は不可能です。画像検査で腋窩リンパ節転移が認められなければ、センチネルリンパ節生検を行います。転移の明らかな時には腋窩リンパ節郭清術を行います。温存してきた乳房に顕微鏡レベルの微小ながんが残っていて局所再発を起こさないように、手術後に放射線治療を行うことが必要になります。

乳頭乳輪温存皮下乳腺全切除術

乳首と乳輪を含めた乳房の皮膚をほぼ100%残して、乳房全体を切除する方法です。がんのしこりはやや大きいけれど、乳首や乳輪から離れており、皮膚には浸潤していない場合に適応になります。乳房が小さめで、しこりが小さくても距離をあけて切除を行なうと乳房温存術が名ばかりになってしまうような場合にもこの方法が適しています。また、手術後の変形やサイズの違いがどうしても許せない、きれいなおっぱいを保ちたいという方にも再建がもっともきれいにできるこの方法が適しています。この場合も画像検査で腋窩リンパ節転移が認められなければ、センチネルリンパ節生検を行います。 また、この方法では乳房は全くなくなってしまうので、場合により乳房再建が必要となりますが、十分な皮膚がある場合は、再建の中で最も簡単な「インプラント単純挿入法」が行われます。方法は豊胸術を行なう時とほぼ同様で、人工乳房(インプラント、プロテーゼと呼ばれることもあります)を大胸筋の下に挿入して残っている乳房とのバランスをとるようにします。また自分の身体の一部を使用する自家組織再建術もあります。皮膚だけでなく、ボリュームを持った皮下脂肪などを移植する必要があり、主に用いられるのは以下の3つです。

  1. 背中の筋肉(広背筋)とその周りの皮膚・皮下脂肪
  2. おなかの筋肉(腹直筋)とその周りの皮膚・皮下脂肪
  3. おなかの皮膚・皮下脂肪

乳房全切除術

乳房全切除術とは、乳腺・脂肪をすべて切除する手術のことです。皮膚はすべて切除するのではなく、乳頭と乳輪を含む紡錘形の切除を行います。比較的サイズの大きな乳がんの標準的な手術方法になっています。がんのしこりが小さくても乳首や乳輪のすぐそばにある場合や、2個以上のしこりが離れたところにある場合、何個もしこりがある場合はこの方法を行なうのが一般的です。また広い範囲に非浸潤性乳管癌が認められる時にも乳房を全て切除する必要があります。この手術でも画像検査で腋窩リンパ節転移が認められなければ、センチネルリンパ節生検を行います。この方法も乳房再建を行なうことが可能です。

腋窩リンパ節郭清術とセンチネルリンパ節生検

「腋窩リンパ節」は乳がんが転移する頻度が最も高いリンパ節です。腋窩リンパ節は腋窩の脂肪の中にリンパ管と共に埋め込まれるように存在しており,リンパ節の取り残しがないよう周りの脂肪も含めてリンパ節・リンパ管を一塊(ひとかたまり)に切除することを「腋窩リンパ節郭清」と呼びます。切除した後で、脂肪の中からリンパ節を取り出して転移の有無を病理検査(顕微鏡検査)で調べます。リンパ節に転移がある場合は、転移がない場合と比べて手術後に他の臓器に転移が出現する危険性が高いことがわかっています。

腋窩リンパ節郭清は、乳がんに対する標準治療として、およそ1世紀にわたり行われてきました。腋窩リンパ節郭清には転移の有無を調べ(診断)、そして転移があればそれを取り除く(治療)という2つの目的があります。腋窩領域への再発を防ぐ最も確実な治療ですが、術後の合併症(手術後のわきへのリンパ液の貯留やわきの感覚の異常)や後遺症(腕のむくみ、上腕のしびれ、腕の挙上障害など)に悩まされてきました。しかし、2000年代前半から、よりからだへの負担が少ないセンチネルリンパ節生検が普及し始め、現在では、手術前に腋窩リンパ節への明らかな転移はないと診断された早期乳がんでは、まずセンチネルリンパ節生検を行うようになりました。センチネルリンパ節への転移の有無を調べ、転移がない場合や転移があっても一定の条件を満たせば腋窩リンパ節郭清を省略できます。大きな転移が多数あった場合は腋窩リンパ節郭清を行います。一方、手術前の画像検査で腋窩リンパ節転移があると診断された場合には、最初から腋窩リンパ節郭清を行います。

さて、センチネルリンパ節生検とはどのようなものでしょうか?センチネルリンパ節とは乳房内から乳がん細胞が最初にたどりつくリンパ節と定義され、このセンチネルリンパ節を発見、摘出し、さらにがん細胞があるかどうか(転移の有無)を顕微鏡で調べる一連の検査をセンチネルリンパ節生検と呼びます。 センチネルリンパ節にがん細胞がなければ、それ以外のリンパ節にも転移がないと考えられるので、腋窩リンパ節郭清を省略できます。センチネルリンパ節に転移がある場合は、原則として腋窩リンパ節郭清を行いますが、センチネルリンパ節の転移が微小(2mm以下)であった場合は、その他のリンパ節に転移が存在する可能性は低いため。腋窩リンパ節郭清を省略することも可能です。

全身療法にはどんなものがあるでしょうか?

化学療法

抗がん剤を用いた治療を化学療法といい、主に術前・術後の補助療法や、進行・再発乳がんの治療に用いられます。注射と経口(内服薬)の2つの方法があり、注射による方法は2~3種類の薬剤を組み合わせて使うこともあります。点滴で静脈内に投与しますが、副作用を軽くする投与方法が研究されており、外来通院で行うことが普通になっています。代表的なものとしてFEC(フルオロウラシル、エピルビシン、サイクロフォスファミド)療法、EC(エピルビシン、サイクロフォスファミド)療法、タキソテール療法、アブラキサン療法、タキソールweekly療法、TC(タキソテール、サイクロフォスファミド)療法、ハラヴェン療法、ナベルビン療法、ジェムザール療法などがあり、経口ではカペシタビン(ゼローダ)内服、TS-1内服、UFT内服療法などがあります。これらの薬剤による副作用として、食欲低下、全身倦怠感、吐き気、嘔吐、口内炎、脱毛、白血球や血小板の減少、貧血などがありますが、最近では吐き気や嘔吐をおさえる薬剤や、白血球減少をおさえる薬剤などを併用することによって、副作用による症状を軽くすることができるようになっています。

自分の乳房をできるだけ残したいけれど、乳がんのしこりが2cmより大きい方や、リンパ節転移が認められるような方にはまず化学療法を行って、リンパ節の転移や目に見えない転移を抑えることと、しこりそのものを小さくすることの一石二鳥をねらう「術前化学療法」が標準的な治療です。手術後に化学療法を行うのと生命予後に変わりはありませんが、以下のようなメリットがあるためです。

  1. しこりが小さくなるので乳房の温存療法が可能になることが多い。
  2. しこりが小さくなれば化学療法の効果がある、ということがはっきりわかり、その薬剤を再発の時にまた使用することができる。

また、治療の決定にサブタイプが重要と述べましたが、サブタイプが以下のような方はホルモン受容体を持たない悪性度が高めのタイプなので、しこりが小さくても、リンパ節転移がなくても、術前化学療法を行うのが標準的な治療です。

  1. トリプルネガティブサブタイプ
  2. HER2タイプ

サブタイプについては治療の選択とサブタイプの項を見てくださいね。

ホルモン療法(内分泌療法)

乳がんのもつ、ホルモン依存性の性質を利用してがんの治療を行うのがホルモン療法で、副作用の少ない優れた方法です。女性ホルモンであるエストロゲンは乳がんの発生、増殖に重要な役割を果たしています。手術でとった乳がん組織中のホルモン受容体(エストロゲン受容体やプロゲステロン受容体)を検査することによって、女性ホルモンに依存して発生・増殖している乳がんか、そうでない乳がんかがある程度わかります。女性ホルモンに依存している乳がんを「ホルモン感受性乳がん」と呼び、このタイプの乳がんの場合、内分泌療法の有効性が期待できます。有効率はエストロゲン受容体とプロゲステロン受容体がともに存在する場合、60~70%とされています。ホルモン療法も近年研究が進んでおり、いろいろなタイプのお薬が出てきています。抗がん剤のような副作用はないのですが、ホルモンに関連する副作用があります。また、閉経前か閉経後かでお薬が違います。

閉経前の方の治療には大きく分けて以下の2つがあります。

抗エストロゲン剤(SERM;選択的エストロゲン受容体モジュレーター)

乳がん組織においてエストロゲンの作用を阻害する抗エストロゲン作用により乳がんを治療する薬です。タモキシフェン(ノルバデックス、タスオミンetc.)という薬で、閉経後の乳がん治療にも使えます。

LH-RH アゴニスト;Luteinizing Hormone-Releasing Hormone

LH-RHとは、脳の視床下部から分泌される性腺刺激ホルモン放出ホルモンのことです。閉経前の女性では、LH-RHが視床下部から放出されると脳下垂体はLHを放出し卵巣を刺激します。刺激された卵巣はエストロゲンを作ります。LHとは、性腺刺激ホルモン、RHとは放出ホルモンのことです。
アゴニストとは作動薬、対語はアンタゴニスト(拮抗薬、遮断薬、阻害薬)です。
閉経前の女性では、LH-RHアゴニスト製剤を投与することによりLH-RHの働きを抑えて卵巣でエストロゲンが作られないようにすることで乳がんの増殖を抑えます。ゴセレリン(ゾラデックス)やリュープロレリン(リュープリン)という薬があります。
タモキシフェンと併せて使用します。

アロマターゼ阻害剤

閉経後の方の治療にはおもにアロマターゼ阻害剤が使われます。閉経後の女性では、卵巣機能が低下し、エストロゲンの量が減ります。しかし、かわりに副腎からアンドロゲンという男性ホルモンが分泌され、脂肪組織などに存在しているアロマターゼという酵素の働きによって少量のエストロゲンが作られ続けます。このアロマターゼの働きを阻害することでエストロゲンが作られないようにし、乳がんの増殖を抑えます。

アロマターゼ阻害薬の副作用に骨粗鬆症があり(閉経後はどの女性も骨粗鬆症の危険があります)、これを考慮して抗エストロゲン剤を使用することもあります。アナストロゾール(アリミデックス)やレトロゾール(フェマーラ)、エキセメスタン(アロマシン)という3種類の薬があります。

再発・遠隔転移のホルモン療法

抗エストロゲン剤(SERD;選択的エストロゲン受容体ダウンレギュレーター)

アロマターゼ阻害剤は使い続けると、耐性が出てきて薬の効き目が落ちます。閉経後の進行・再発乳がんで何らかのホルモン療法を経験した患者さんでは、耐性が生じることで今まで使っていた薬が最終的にはほとんど効かなくなってしまうことがあります。このために再発が起こってきます。このような方に使用するのがフルベストラント(フェソロデックス)という薬です。この薬はエストロゲン受容体に結合してその働きを阻害します。これは抗エストロゲン剤のタモキシフェンと同じです。それに加えて、エストロゲンと結合できなかった受容体そのものを分解する作用も持ちます。この作用機序ではホルモン療法の耐性例においても効果を発揮します。

CDK4/6阻害剤

進行乳がん・再発乳がんの患者さんではCDK4/6※阻害剤というお薬とホルモン療法薬を組み合わせた治療もできるようになりました。※サイクリン依存性キナーゼ4/6

正常な細胞は、からだや周囲の状態に応じて、増えたり、増えることをやめたりし、過剰に増殖しないよう制御されています。しかし、がん細胞では、分裂を促すスイッチがいつでもONの状態になっているため、からだからの命令を無視して、1個が2個、2個が4個と倍々に限りなく増殖し続けるようになります。その細胞の分裂を促すスイッチONにするはたらきのあるたんぱく質の 1つがCDK4/6です。

ホルモン受容体陽性の乳がん細胞では、CDK4/6のはたらきにより、細胞の分裂を促すスイッチがいつでも ONの状態になっています。そのため、CDK4/6阻害剤はアロマターゼ阻害薬あるいは抗エストロゲン薬(SERD)と組み合わせて使います。CDK4/6阻害剤とホルモン療法薬を組み合わせることで、CDK4/6阻害剤による直接的な作用と、ホルモン療法薬による間接的な作用が合わさり、 CDK4/6のはたらきが効率的に阻害されて、がん細胞の分裂・増殖が より強力に抑えられると考えられています。CDK4/6阻害剤はパルボシクリブ(イブランス)とアベマシクリブ(ベージニオ)の2つがあります。それぞれ服用のしかたや副作用が異なっています。

さらに最近、CDK4/6阻害剤のアベマシクリブは再発治療のみならずホルモン受容体陽性かつHER2陰性で再発高リスクの乳癌に対して術後の薬物療法としても使えるようになりました。

分子標的治療

抗HER2療法

乳がんの約20~30%でHER2/neuというがん遺伝子が増幅し、その遺伝子から産生されるタンパク質であるHER2/neuタンパクが過剰に発現している場合があります。このタイプの乳がんを「HER2陽性乳がん」と呼び、一般に「HER2陽性乳がん」の予後は、そうでない乳がんに比べ、悪くなるといわれていますが、その理由はHER2/neuタンパクが乳がん細胞の増殖の調節に関連し、がんの悪性度を強めるためです。HER2/neuタンパクは「細胞増殖因子受容体」というもので、これが過剰にあるということは乳がん細胞をどんどん増殖させる「細胞増殖因子」と結びつきやすいということであり、乳がんの増殖する力が強くなるということです。このタンパク(細胞増殖因子受容体)が細胞増殖因子と結びつけないように、受容体に結びつく「モノクローナル抗体」を投与するのが抗体治療、抗HER2療法です。この治療で用いられる抗体はトラスツズマブ(ハーセプチン)、ペルツズマブ(パージェタ)、ラパニチブ(タイケルブ)と呼ばれます。手術でとった乳がん組織中のHER2/neuタンパクの発現の程度を検査し、強く発現しているときには効果があると考えて使用します。副作用として、アレルギー反応に似た反応や、心臓に対する毒性がありますが、抗がん剤のような副作用がなく、この薬剤のみを投与するだけでHER2/neuタンパクが異常に発現した悪性度の高い転移性乳がんの約20%に効果が認められています。さらに抗がん剤との併用療法では60%くらいに効果が上がることもあります。現在はHER2陽性乳がんの患者さんの初回治療にはトラスツズマブ・ペルツズマブ(ハーセプチン・パージェタ)とドセタキセル(タキソテール)の併用による治療を行なっています。

近年は抗体-薬物複合体 (ADC: Antibody–Drug Conjugate) と呼ばれる分子標的薬に使用される抗体と殺細胞性抗がん剤などの低分子医薬を結合させた薬剤が使われています。ADCでは抗体ががんのターゲットを認識して、低分子医薬をがん細胞まで届けます。そして、低分子医薬の薬効によってがんを倒します。つまり、殺細胞性抗がん剤と分子標的薬、それぞれの良いところを生かした治療が可能な薬剤です。ADCにはハーセプチンと抗がん剤を組み合わせたトラスツズマブ・エムタンシン(カドサイラ)やトラスツズマブ・デルクステカン(エンハーツ)があります。どちらも化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能又は再発乳癌に使用する薬ですが、トラスツズマブ・デルクステカンは効果が高く、臨床試験の結果から適応が拡大しています。化学療法歴のあるHER2低発現の手術不能又は再発乳癌にも効果があることが確認されました。これまでの検査でHER2が陰性であった方でも、再度トラスツズマブ・デルクステカンのコンパニオン検査を受けてHER2 1+、HER2 2+であればトラスツズマブ・デルクステカンで治療を行うことが可能です。また、日本ではまだ未承認ですが、新たな抗体-薬物複合体も治療に使用されるようになってきています。

血管増殖因子阻害剤

がんは増殖するに伴って、がん自身に栄養を供給するために血液を送りこむ血管を新しく作ります(血管新生)。血管増殖因子阻害剤のアバスチン(ベバシズマブ)はこの血管新生を促すためにがん細胞が分泌する血管増殖因子;VEGFというタンパク質に結合して、血管の新生を抑え、栄養を行き渡らせないようにして、増殖のスピードを低下させるはたらきがあります。パクリタキセル(タキソール)と併用して使用します。

PARP阻害薬

PARP(ポリアデノシン5’二リン酸リボースポリメラーゼ)は、損傷したDNAの修復を助ける酵素です。PARPの働きを阻害することで、がん細胞内でのDNA修復を阻害し、がん細胞を死滅させます。BRCA遺伝子はDNAが細胞分裂の際に損傷を受けた場合、2重鎖DNAを修復します。 一方、PARPは1重鎖DNAを修復します。そこで、BRCA遺伝子異常があり、2重鎖DNAの修復が機能しない細胞にPARP阻害薬を投与すると、がん細胞では2つのDNA修復機能が働かなくなり、「合成致死」と呼ばれる細胞死が誘導されます。 傷ついたDNAの修復を行うBRCA遺伝子に病的な変異がある遺伝性乳がん(HBOC)の方でHER2陰性の場合、転移・再発に対してPARP阻害剤のオラパリブ(リムパーザ)を使用できるのですが、さらに適応が拡大し、BRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性の再発高リスク乳がんに対しては周術期化学療法後にもオラパリブを使えるようになりました。オラパリブは術後の薬物療法として1年間投与を行います。

オラパリブ(リムパーザ)の使用に際して、BRCA遺伝子変異があるかどうかを調べるHBOCのコンパニオン診断プログラム検査は、HER2陰性の手術不能又は再発乳癌の患者さんでは家族歴や保険適応になっています。

免疫チェックポイント阻害剤

免疫チェックポイント阻害剤の「チェックポイントcheckpoint」とは、英語で「検問所」という意味です。免疫細胞が活性化して病原体やがん細胞と戦うことは大切なことです。しかし、免疫が高まり過ぎると自らの健康な細胞も傷つけてしまうことになるので、私たちの体はチェックポイントで免疫細胞にブレーキをかけて、免疫のバランスを維持します。

ところが、がん細胞はこのブレーキ機能を逆手にとって、体ががん細胞を攻撃する力を抑え込みます(これを、がんの免疫逃避と呼びます)。免疫チェックポイント阻害剤は、がん細胞がたくみに免疫から逃れて生き延びようとするのを阻止する薬です。 がん腫瘍の内部に浸潤した免疫細胞や腫瘍細胞表面にあるPD-L1という物質が、がん免疫で重要な役割を果たすT細胞という細胞にくっついているPD-1と結合することでT細胞の活性化が抑制され、がんに対する免疫が働かなくなっています。免疫細胞および腫瘍細胞表面のPD-L1に免疫チェックポイント阻害剤が直接結合することで、PD-L1/PD-1経路が阻害され、T細胞が再活性化します。 これによって抗腫瘍免疫応答が回復し、がんを攻撃することができるようになります。

サブタイプのところでご説明するホルモン受容体陰性HER2陰性のトリプルネガティブサブタイプ(TNBC)には、PD-L1陽性のタイプがあり、このタイプの進行・再発乳がんには化学療法と免疫チェックポイント阻害剤の併用療法を行うことができます。現在2種類の免疫チェックポイント阻害剤が使用でき、1つはアテゾリズマブ(テセントリク)、もう1つはペンブロリズマブ(キイトルーダ)という薬剤です。

アテゾリズマブ(テセントリク)は抗がん剤のnab-パクリタキセル(アブラキサン)と併用して治療を行います。進行・再発のTNBCにのみ適応があります。

ペンブロリズマブ(キイトルーダ)は進行・再発のTNBCに対して次の3種類の使用方法があります。

  1. ペンブロリズマブ+ゲムシタビン(ジェムザール)+カルボプラチン
  2. ペンブロリズマブ(キイトルーダ)+パクリタキセル
  3. ペンブロリズマブ(キイトルーダ)+nab-パクリタキセル(アブラキサン)

ペンブロリズマブは進行・再発のTNBCだけでなく、再発高リスクの早期のTNBCにも術前化学療法として使用が可能です。しかもこの場合はPD-L1陽性である必要はありません。ペンブロリズマブ(キイトルーダ)+nab-パクリタキセル(アブラキサン)+カルボプラチンの3剤を使用し、術後もペンブロリズマブ単独投与を継続します。

治療の選択とサブタイプ

サブタイプ分類でホルモン受容体陽性のルミナールタイプの乳がんは、おだやかな乳がんで、悪性度が低く再発の危険も少ないタイプなので進行がん・再発がんでない限り手術を先行し、術後の治療はホルモン療法が主体です。ただしこのタイプの中に増殖スピードの速い、やや悪性度の高いルミナールBタイプが含まれています。

ホルモン受容体を持たない悪性度が高めの乳がんは、ステージIの早期乳がんでも、しこりのサイズが5mmより大きい場合には抗がん剤や抗HER2療法を積極的に行っていきます。早期乳がんなのに??せっかく早期で見つけたのに、抗がん剤を使うの?と思うかもしれませんが、がんは目に見えないものです。悪性度の高いがんは早期に微小転移を起こしていることが多く、再発しやすいともいえます。ホルモン受容体を持たないので、ホルモン療法も行えません。これを早めに叩くには抗がん剤や抗HER2療法を行わなければならないというわけです。悪性度の高いがんですが、この治療方法を行うようになってから、確実に再発が減っています。サブタイプはどのように分類されているでしょうか?

増殖能 ホルモン受容体陽性 1) ホルモン受容体陰性
HER2陰性 低い ルミナールA
ホルモン療法 2)
トリプルネガティブ
化学療法
高い ルミナールB(HER2陰性)
ホルモン療法+化学療法
HER2陽性 問わず ルミナールB(HER2陰性)
ホルモン療法+化学療法+抗HER2療法
HER2タイプ
化学療法+抗HER2療法
  • 1)ホルモン受容体陽性:エストロゲン受容体(ER)、プロゲステロン受容体(PgR)のどちらか一方、または両方ある場合。
  • 2)リンパ節転移が4個以上など再発リスクが高いと考えられる場合は、化学療法の適応を考慮することもある

Oncotype DX検査

前に述べたように、ホルモン受容体陽性でも増殖スピードの速いルミナールBタイプでは、術後に再発を起こしてくる可能性があります。この場合は内分泌療法だけでは不十分で、化学療法が必要です。しかし、ルミナールBなら必ず化学療法が必要か、というとそうではありません。早期乳がんでは不要なことが多いのです。また、ルミナールAタイプで悪性度は高くないが、リンパ節転移があった場合にも化学療法を行った方がいいのかどうか、悩むところです。化学療法の副作用は内分泌療法の副作用よりも強いので、不要な化学療法は避けたいものです。Oncotype DXは、腫瘍組織内の21遺伝子の活性を調べることにより乳がんの個別の生物学的特性を分析する検査です。ホルモン受容体陽性の初発の早期・浸潤性乳癌患者さんにおいて化学療法が奏効する可能性と、10年間の遠隔再発リスクを予測します。このことにより、患者様お一人お一人にどんな術後補助療法を行なったらよいか選択するための情報を提供します。手術で切除した腫瘍の一部を使って検査しますので、患者さんのからだに新たに負担がかかることはありません。これまでは自費診療で高額な検査でしたが、2023年9月より保険診療となりました。

Oncotype DX検査の対象となる方

ルミナール A、または、ルミナール Bタイプ(ホルモン受容体陽性、HER2陰性)で、リンパ節転移陰性もしくはリンパ節転移1~3個までの浸潤性乳がんの患者さんです。その他のサブタイプの判定には使用できません。また、再発患者さんにも適用されません。

がんゲノム検査と遺伝子パネル検査

がんゲノム医療は、がんが発生した臓器ではなく、がんの原因となる遺伝子の変異に基づいて診断・治療を行う医療です。近年、分子標的薬の開発と同時に、コンパニオン診断やがん遺伝子パネル検査とよばれる遺伝子検査の技術が進歩したことにより、がんゲノム医療が普及しはじめています。 たとえば、「乳がん」と診断された患者さんでも、変異している遺伝子が違えば、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤などの薬剤の効果や副作用は異なる場合があります。また、違う臓器のがんでも遺伝子変異が同じであれば、同じ薬剤が効果を示すということもあります。

「がん遺伝子パネル検査」とは、100種類以上のがんの遺伝子を一度に調べる新しい検査です。「がん遺伝子パネル検査」では、患者さんのがん細胞に含まれる遺伝子の情報を、次世代シークエンサーという装置で調べます。得られた情報を解析して、がんの原因となる遺伝子変異が見つかった場合には、その遺伝子変異に対応する薬剤を選択できる場合があります。

がんゲノム医療は、この「がん遺伝子パネル検査」の解析結果に加え、患者さんの治療歴や健康状態などをふまえて「エキスパートパネル」という会議で総合的に検討し、治療方針を決定します。このエキスパートパネルには、主治医、遺伝医学や病理学の専門医、遺伝カウンセリング技術を持つ医療関係者などが参加します。 検査の結果、遺伝子変異が見つからない場合や、変異が見つかってもその変異に対応した薬剤が見つからない場合があります。がん遺伝子パネル検査の結果をもとに、適切な薬剤(臨床試験を含む)が使用できる患者さんの割合は約1割とされています。 また、がん遺伝子パネル検査によって、ご家族(血縁者)のがんのなりやすさに関わる「遺伝性腫瘍」の情報が見つかる場合もあります。ただし、遺伝するがんの情報など、ご自身の病気に関すること以外の結果は知らない権利があり、ご希望がなければ知らされることはありません。

がん遺伝子パネル検査は保険適応となっており、厚生労働省が指定するがんゲノム医療中核拠点病院、がんゲノム医療拠点病院、がんゲノム医療連携病院で行っています。現在のところ、保険適用の検査は、固形がんの患者さんであることなど、いくつかの条件を満たす必要があります。すべての患者さんが受けられるわけではありません。先進医療など保険の対象外の検査もあります。がん遺伝子パネル検査を受けたい方はぜひご相談ください。

乳がんと診断されたら

「がん」と言われると、「死」を間近に感じ、頭の中が不安や恐怖で一杯になるのは当然の心情です。

しかし「がん」という病気は、たとえば、診断された時点で1cmの大きさのがんだとすると、最初の1個のがん細胞から1cmのしこりとして見つかるまでには、7~8年の長い歴史を経ています。1個の細胞が2個に分裂するのに要する時間は、約90日(もっと速いものもあります)、それが約30回分裂を繰り返すと1cmの大きさになるとすると、90×30=2700日(約7.4年)かかる計算となり、その時の細胞の数は、なんと2の30乗個!だいたい10億個です。

ただし、1cmで見つかった乳がんはステージⅠの早期乳がんに相当し、「早期」と言われる理由は、この段階ではもっとも転移しやすい場所である脇の下のリンパ節にがん細胞を認めるのは10人に1人程度であり、きちんと手術・その後の治療を行うことでの10年生存率は、95%前後です。したがって、癌と診断された場合に、一日でも早く手術しないと、転移が心配!と途端にあわてられる方がいますが、そこは落ち着いてください。ここまで来るのに7~8年かかっているのですから、ここで急にあわてなくても大丈夫。まず自分の病気を正しく理解し、どのような治療手段がふさわしいかをじっくり検討する余裕があるわけです。もちろん、1個が2個に、2個が4個に、と細胞分裂によって倍々で増えていくがんは、育ってくると100万個が200万個に、200万個は400万個に、と増え方がケタ違いになるので、のんびりはしていられませんが、手術が1か月遅れたら大変なことになるということはないのです。

乳がんの治療を進めるうえで最も大切なのは命を守ることですが、生活の質を落とさず、できるだけ今までの生活を保てるような治療を選択することも大切です。治療法を選ぶときは、診断の結果だけではなく、年齢や仕事の状況、家族構成や状況なども考慮して、自分にとって最も適した治療法を、担当医と一緒に選択していきましょう。

乳がんの緩和医療について

乳がんをたたきのめすことができなくても、できるだけがんを手なずけて、普通の生活を続けていけるようにするのが最近の再発・進行乳がんの治療の考え方です。がんをたたこうとして、あなたがたたきのめされては元も子もありません。いかに快適に過ごせるか、これが一番大切なことなのです。残念ながら治療の効果が思ったように出ず、予後の厳しい患者様に対しては特にこれが重要であると考えられます。がんそのものに対する治療ではないけれど、がんによる身体の痛みや心の苦痛を取り除き、快適な普通の生活をできるだけ続けていくための治療、それが緩和医療です。当院の乳腺外来では緩和ケア科と連携して乳がんの緩和医療も行なっています。できるだけ自宅で治療を続けたい方には在宅の緩和療法を、訪問看護師や訪問薬剤師にもかかわっていただきながら行なっていきます。ご家族やご本人のいろいろな事情で、在宅での治療が困難な患者様の場合は緩和ケア病棟に入院していただくこともできます。もちろん当院で手術その他の治療を受けていない方でも遠慮なく受診していただいて結構です。どうぞご相談ください。

乳がんの治療後に悩んでいること、困っていることのある方へ

乳がんに限らず、がんの手術を受けた方は常に「再発」の恐怖が頭を離れないのではないでしょうか?「この頃肩が痛いのだけれど、これって再発?」「手術のキズのところがズキンと痛んだりするのは再発?」こんなことも、独りで悩まずにご相談ください。たいていは、手術に伴う不都合な現象で心配はありませんが、中には検査をしておく方が安心な場合もあります。また、つらい症状があるのに「心配ないから我慢しなさい」というのはナンセンスです。完全に元通りというのは無理でも、つらさを和らげるちょっとした工夫をお教えしたり、あまりひどい時はその間だけでもお薬を使ってつらさを取ることだってできます。ぜひご相談ください。リンパ浮腫などの術後の合併症に対しても積極的に治療を行なっております。

手術後の補正下着もご紹介しております。専門の業者さんに来院していただいて、当院で担当医師のアドヴァイスを受けながら、試着を行なって適切な補正下着を選んでいただくことが可能です。当院で手術を受けていない方でも、「試着だけしてみたい」という方も遠慮なくお申し付けください。化学療法の副作用で脱毛が強くお困りの方のヘア・ウイッグ(かつら)も取り扱っております。こちらも当院で治療をされていない方でも大丈夫ですので、ぜひお尋ねください。

手術後、あるいは抗がん剤を用いた治療中・治療後の性生活や妊娠・出産に関する悩みについてもご相談ください。近年、乳がんにかかる方の年齢が下がってきています。ピークは50歳前後ですが、30〜40代でかかられる方も多く、こうした問題も避けては通れません。でもどこに相談したらよいのか、困っていらっしゃる方も多いのではないかと思います。悩みに対するアドヴァイスを行い、必要に応じて、婦人科の医師と連携して診察を行わせていただきます。

妊孕性の温存について

「妊孕性」とは、「妊娠する力」のことです。乳がんの薬物療法や放射線療法を行うことで、卵巣や子宮などの臓器に影響が及び、機能不全が生じたりする場合があります。がんの治療のために妊娠や出産をあきらめないで済むように、生殖補助医療をがん患者さんに応用する取り組みを他院と連携して行なっています。生殖補助医療とは、体外で卵子や精子、受精卵を取り扱い、妊娠につなげる医療技術のことです。これまでは主に不妊症に悩む人を対象として体外受精など様々な取り組みが行われてきましたが、現在ではがん患者の妊孕性温存にも重要な役割を果たすようになっています。

不妊症と同様に、将来子どもを持ちたいと希望する方の受精卵または卵子(未受精卵)を凍結して保存しておくという方法があります。どちらもがん治療を開始する前、卵巣がダメージを受ける前に行う必要があります。パートナーがいらっしゃる場合は、卵子を採取(採卵)してパートナーの精子と体外受精を行い、受精卵を凍結保存しておきます。がん治療が終わって妊娠・出産が可能な状態になったら、この受精卵を融解して子宮内に戻せば、妊娠・出産が期待できます。がんの診断を受けた時点でパートナーがいらっしゃらない場合は、採卵した未受精卵を凍結保存しておきます。この場合も、がん治療が終わり、パートナーとの子どもを望む時がきたら、未受精卵を融解してパートナーの精子との体外受精を行ってから移植します。

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